#5『心を動かす、という企て』
── 考察する、広告の秘密

伝えるでもなく、売るでもなく。
ふとテレビを見たときのことだ。どこのCMなのかさえ分か らなかった。でも、なぜか目が離せなかった。内容も特別ドラマチックなわけじゃない。だけど、引き込まれた。映像のトーンも、音も、テンポも、妙に“自分ごと”みたいに感じた。
今の自分の仕事は「伝わる仕組みをつくること」。だからこそ、わかる。多くの広告は、“商品の良さ”をちゃんと伝えようとする。でも、それって例えるなら、好きな子にクソつまらないラブレターをしつこく送るようなものだ。「年収●●万」「性格まじめ」「趣味は読書」──それで、口説きたいあの子は惚れてくれるのか?って話で。「なんかいい」っていうのは、そういうスペックの外側にある。でも、機能訴求だけに頼ると、その“なんかいい”から、どんどん離れていってしまう。
ということで今回は、“心を動かす”って、実はどう設計するのか?その話を、広告という視点から少し真面目にしてみたい。

01|広告は「説得」から「共感」へ
かつて、広告は「注意喚起」 や「機能説明」の手段だった。優れた製品のスペックを伝えれば、それで人は動いた。でも今は違う。情報があふれ、SNSが日常になり、コンテンツが溢れすぎた時代。人の心を動かすのは、共感のスイッチになっているかどうかだ。
たとえば──
・あるCMを見て、なぜか涙が出た
・SNSで流れてきた短い動画に、自分の過去を重ねた
・「これ、あの人に似合いそう」と思って誰かにシェアした
その広告の中に、自分の人生や誰かの存在が重なったとき、人は初めて動く。いい広告は、“押し売り”をしない。でも、気づけばなぜか心に残っている。

02|「物語」じゃなく「記憶」をつくる
よく「ストーリーテリングが大事」と言われる。でも実際、ただの物語じゃ人の心は動かない。物語の中に自分の記憶を投影できる隙間があること。そこが重要だと思っている。
たとえば──
・学生時代に感じた夕暮れの空気感
・親とケンカしたあとに食べたご飯の味
・駅のホームで別れたあの人の後ろ姿
広告が優れているとき、それは「誰かの物語」ではなく、「自分の記憶」に変わる。つまり、広告の役割は記憶の引き金を引くことなんだ。

03|広告は“仕掛け”である
では、“心を動かす”広告はどうつくられるのか?それは、感情設計と文脈の想像力