時代を超越するような、ワードローブを。
A Timeless Piece of the Puzzle.
A Timeless Piece of the Puzzle.

「結局、最後に残るのは、なんてことない日常の景色に溶け込むものだったりする。」
流行なんてものは、朝起きたら消えている夢のようなもので、追いかけるだけ野暮でしかない。 どこかの誰かが決めた「正解」より、自分が何年も着倒して、ボロボロになっても捨てられない理由がある。 そんな一着がクローゼットにただ一つあれば、それでいいって本気で思ってる。
今この記事を見てるみんなはきっと相当なこだわりがある人に違いないだろう。
日常に溢れていて自分を満たす洋服も、音楽も、これじゃなきゃ嫌だって思う何かを秘めてる人たちなんじゃないかな?
ロゴドンみてくれで着飾って、『ドヤ顔』かましてる奴らとはどうも仲良くなれないのは俺も全く一緒だ。何も変なことじゃないから安心して。
俺はかつて、セレクトショップのデザイナーをしていた時がある。 あの頃、世界で一番ミシンを叩いているのは自分だと思っていた。 朝から晩まで、机の上に広げた生地を触りながらどう料理してやろう?って考えてハサミを入れ。糸の張りと生地の摩擦の音だけが響く部屋で、狂ったように針を落とし続ける。 そうして指先に染み付いた感覚は、教科書に載っている理論よりもずっと確かで、残酷なほど正直だ。 アパレルデザイナーとして服の構造をバラし、また組み上げる日々の中で、僕は「服」という概念の裏側を覗き込みすぎていたのかもしれない。

そんな日々を経て、今、僕が辿り着いたのは「工芸」と「日常」が交差する静かな場所だ。 繊細な手仕事が生む静かな緊張感。袖を通した瞬間に感じる、少しだけ背筋が伸びるあの感覚。 クラフトマンシップなんて大層な言葉で飾り立てるつもりはないけれど、 良い道具と同じで、血の通った手仕事は、使い込むほどに自分の肌の一部になってい く。
1ミリのズレに神経を尖らせ、生地の目を見極める。 それは効率を追い求める現代のスピード感からは、一番遠い場所にある贅沢な時間だ。 でも、そうやって生まれる服には、時間が経っても色褪せない「何か」が宿るのだと、僕は信じている。
時代が変わっても、自分の「好き」の根底はそう簡単に揺らぐことは絶対にない。
10年後、どこかの酒場でこの服を着ている自分を想像できるか。 そこには、馴染みの古い友人を見るような、安心した眼差しがあるはずだ。
結局のところ、服選びなんてのは、そんなシンプルな直感だけで十分なのだと思う。 ただ、その「直感」を裏切らないためだけに、僕は今日もまた、確かな手触りを探している。








